NHKスペシャル「ヒグマと老漁師~知床・・」で、ひと筆

で  柳田節個人作品 『ヒグマを叱る老漁師』(2020.8)

―知床の大自然の中、ヒグマと共存する世界でも珍しい日本人―



【写真】 やっと咲いた梅花 (八王子 城山川 2021.3)

粒ぞろい

天に向かって

やはり絵になる春の花

目立つ二輪

左側が、城山川


柳田節作品集 ―日本人とは何か― 

 (知床の大自然の中、ヒグマと共存する世界でも珍しい日本人)


本文

『 知床のヒグマを叱る老漁師』                                     

                柳田 節

 
  *老漁師とヒグマの出会い

 テレビ番組『NHKスペシャル』で「ヒグマと老漁師~世界遺産・知床を生きる~」を放映していました。


 私は、大自然の中で暮らす知床のヒグマと老漁師の物語を見ていて、なぜか、古事記の「シラス・ウシハク」の話を思い出しました。


 世界遺産・知床の海でサケやマスをとってきた漁師の大瀬初三郎さんは、温厚な顔立ちをした84歳。しかし、ヒグマが近づいてくると「こら!」と大声で叱りつけ、獰猛なはずのヒグマは怯んで静かに去って行きます。

 ヒグマを叱るときは目をそらさず腹から声を出し、さらに一歩前に出ることだそうです。


 大瀬さんが、最初にこの知床のルシャ(アイヌ語で浜へ降りていく道の意)の地に来たときは、ヒグマが怖くて番小屋の外に出られなかったそうです。

 漁にならないのでハンターにヒグマを駆除してもらいました。しかし、命を奪うことに後味の悪さが残り・・・。


 十年ほど経ったある時、浜で作業をしていると、いつの間にかすぐ後ろにヒグマがいました。驚きながらも、苦し紛れに「コラ!」と大声で叱ったのです。それが最初で、以来、叱るとヒグマは逃げていくようになりました。


 半世紀の間、一度も人が襲われたことがありません。結果、知床の大自然の中で、ヒグマと人間が共存するようになったのです。世界中のどこにもないヒグマと人間の関係が出来上がった瞬間です。


 私は、この知床の大自然の中で、ヒグマと老漁師の関係が自然な形でなっていったことに感動しました。


 アイヌはヒグマを山の神として敬ったそうです。大瀬さんも、「ヒグマも人間も自然の一部なんだ」と言っています。おそらく、大瀬さんは自然にそう思うようになったのでしょう。

 日本人は自然の中の何にでも神々しさを見出し敬っていたといいます。そして、大自然と神と人は共存していました。


 ですから、けっして外国のようにヒグマと争いを繰り返す、ということにはならなかったのです。

 長い間の深い心のやり取りを経て、初めて醸し出される人間とヒグマとの関係の機微が、そこにはあったのだと思います。


    *日本の国の形 

 人間と熊との関係から連想しては恐れ多いのですが、一君万民の形も自然になってきたものだと思います。日本人には自然を敬い、和を尊ぶ気持ちがありました。 


 日本が統一された古代のヤマト王権においても、色々なやり取りがあったのち、最後は、国外の敵に対抗していくにはどうまとまったらよいかを考えて、一つの形になっていったのだと思います。


 それはおそらく、周囲が天皇を立て、天皇は他の民の平穏に心を砕くというお互いを思いやる関係だったのでしょう。無駄な争いを避け、一つにまとまっていった。

 言ってみれば、日本の国を守るための最強のシステムです。 おそらく、自然となってきたことで、だから、まだ続いているのでしょう。

 

 そして、長い間にそれこそ、日本人にとってかけがえのないものとなり、この気持ちを私たちが持ち続けることによって、とうとう日本は世界で最も古くから続く国となったのです。


    *シラスの国・ウシハクの国 

 そして、さらに言えることは、もっと古くから、この国には核となる概念があったことです。外国と違うのは、「権力」で支配したことがないことです。

 古事記にあるように、日本はシラスの国であってウシハクの国ではなかったのです。


 つまり、国を統べるには、人々を「所有する」のではなく、「同一化する」国柄なのです。日本の古来からの大きな特徴です。いうなれば、権力ではなく権威、それが皇室を支えてきたのです。 


 この「シラス・ウシハク」の概念が日本の国体を護ってきたのです。ヒグマと老漁師の関係にも、根底にはこのことがあるのだと思います。


 つい最近まで哲学科卒の私は、日本に哲学はないと思い込んでいましたが、このシラス・ウシハクを聞いて、日本の哲学があったと感動しました。


    *ユネスコの外国人調査団も感動 

 この半世紀来、ここ知床の地で、人がヒグマに襲われて怪我をしたことが一度もないという事実は、外国人にとっては奇跡のようなことでした。


 去年、ユネスコの委託を受けた調査団の知床訪問の際、漁に使っていた道路や橋まで撤去するよう求められたため、地元代表の大瀬さんは途方にくれましたが、不思議なことが起きたのです。 


 外国人調査団と大瀬さんの前にヒグマたちが現れ、何かを訴えるようにこちらを遠巻きに見ていまるのです。


 これを目にした、ユネスコの米国出身の調査員(名のある学者)が一瞬、襲われるかと勘違いした後、ここでは一度も襲われたことがなく共存していることを聞いて、それは凄いことだ、と感動したのでした。

 彼の母国、米国ではもちろん、世界のどこでもあり得ないことだ、と言ったのです。

 

 テレビで見ていても、とても感動的なシーンでした。
 大瀬さんは、この際、自然の中でヒグマと人間が共存していることも含めて、世界遺産とすることを進言しました。 


 大自然の残った世界遺産知床の地に起きた、ヒグマと老漁師の物語は、遠く日本の国が成り立った頃のことまで、想起させてくれました。 


 昔の日本と、ここ北海道、知床の大自然は繋がっているのだと、私は改めて感じました。 

柳田節 随筆作品集 & 散策

― 読んで & 歩いて & 書いて & 撮る ―   随筆春秋 事務局   「昭和の日々」(2008年刊)  (ダイハツミゼット、防空壕、肥溜め、南極調査船「宗谷」、オウム事件の本質…)

0コメント

  • 1000 / 1000