認知症の母親の介護に戸惑う夫婦「久野さんの場合」
介護を買っては出たが、戸惑うことばかり。半端じゃなかった・・・
ー柳田節作品集2-
(ひたち海浜公園の夕日 10/28撮影)
…母親の介護。「おふくろ、一緒に天国へ行こうよ!」思い余ってそう言ったら…
「久野さんの場合」 (随筆春秋作品)
柳田 節
本文
今や、介護は深刻な社会問題だ。先日も、 “老老介護で妻を殺人”というニュースを聞いて、胸が熱くなった。介護の苦労話もあちこちで耳にするようになった。
昔の剣道仲間に頼まれて、修養団体の会報の発刊を手伝っているが、その事務所へ久野さんが久振りにやってきた。若いようで年齢は七十一になる。彼も昔の剣道仲間だ。来るなり疲れた顔で、いきなり話を始めた。
「今回、本当にえらい目に合ったよ。うちの母親、鬼だね」
「どうしたんですか、久野さん、穏やかじゃないですね」
「九十六になるけど、去年の暮あたりから認知症がひどくなってさ、会話にならないんだ。徘徊はするし、被害妄想からあばれるわ、私を殺す気か、と暴言は吐くし、しまいには暴力まで振おうとする。夜は不安で三十分おきに起しに来るから、寝不足でふらふらだよ。女房なんかこの間、倒れたんだ」
かなり溜っているようだ。元々は、久野さんのお母さんは物分かりのいい上品な婦人であった。そのお母さんを二十年間面倒見て来た妻の君江さんは、嫁姑の問題も乗り越えいい関係で暮らしていた。ところが認知症の悪化で一転し、一家は崩壊寸前だった。
だが、それだけでは済まなかった。君江さんが持って行ったお茶でまたひと騒動起きた。「あんた先に飲んでみなさい、殺そうとしているんでしょ」
と、姑に毒味を強要されたのだ。長年面倒見て来た自分は何だったのか、認知症のせいと分かっていても、君江さんはまたしてもショックで寝込んでしまった。久野さんも思いもよらぬことを口走ることになった。
「俺は二人を同時に看病していたんだ。この前は徹夜の挙げ句、明け方に、とうとうどうにもならなくって、言っちゃったよ。お袋、一緒に天国へ行こうって。そしたらあたしは行かないよ、あんた一人で行きなさい。そう言うんだぜ」
「大変でしたね」それしか言いようがない。
経済的な余裕はないし、もう家庭崩壊には代えられないと、久野さんは兄と弟を呼んで親族会議を開いた。
「俺、次男だけれども、兄貴より誰よりもかわいがってくれたお袋だから、二十年面倒見てきたけれど、もう限界だ」
それでは、精神病院に入ってもらうしかないだろうと、皆で病院を見に行った。ところが、ひどいものだった。鍵のかかる閉鎖病棟で、暴れれば安定剤を打ち薬漬けにされて、一カ月で発狂するか廃人、三ヶ月で確実にあの世行きだ、と専らの評判だった。
「それでお母さんは、弟さんの方に行かれたのですか」
「そうなんだ。いつも自分のことばかり考えている弟が急変して、自分が看ると言い出したんだ。でも嫁さんが納得しないだろうと言うと、もう説得したとのことで、急展開。弟の家の近くのグループホームに空きが出来たので、普段はそこに入ってもらい、土日は弟夫婦が家で面倒見るということになった。地獄で仏って思いだった。それで、一昨日、千葉の弟の家に引き取られて行ったんだ」
急に黙って下を向いた久野さんは、顔をあげると目が真っ赤になっていた。きっと母を送り出したときのことを思い出したのだろう。
それから一週間後、久野さんから電話があった。弟の家に様子を見に行ったけれど、母親はソファーに静かに座っていたという。何事もなかったように、弟の家とグループホームで静かな暮しを始めたというのだ。
三週間後、嫁の君江さんに会いたいと、母が頻りに口にするようになったと聞いて、半信半疑で久野さん夫婦は弟の家を再訪した。
弟の家に着くと、母が外のテラスの椅子に座って、平然と前を見つめている姿が庭から見えた。久野さんたちが玄関に近づくと、母親はこちらを一瞥したが、また元の姿勢で前を見つめている。自分たちのことが認識できないのか、もう忘れてしまったのか、と久野さんは悲しいながらも、落ち着きを取り戻した母の姿に一応安堵した。我々のことが分からなくてもいい、これでよかったんだ、そう思いかけたときだった。
突然、母が「君江さーん」と叫びながらこちらへ向かって走り出したのだ。
「会いたかった、君江さん。あなたにどんなに会いたかったか知れないわ!」
そう、叫んで、嫁の君江さんにしがみついいて来た。そして、君江さんも母親をしっかりと抱きとめ、お互いに抱き合ったまましばらく動かなかった。
その二人の姿を見ていた久野さんは、二十年間尽くしてくれた嫁のことを、母親はやはり忘れていなかったのだ、そう思うと、涙で前が見えなくなってしまった。こんなことで感動したくはないが、これが現実なのだ、と久野さんは思ったという。私も思いがけない感動をさせられた。
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