岸本秀夫『死を見つめる心』を読んでひと筆
死を扱う宗教学者がガンで死の宣告を・・・
ー柳田節作品集5「人生終わった」ー
曼珠沙華(彼岸花)の花
県営権現堂公園(埼玉県幸手市)にて
これだけ揃っていると、圧倒される!
花を、よく見たことがなかったけど、繊細!
白い曼珠沙華の花も!
赤く一列、道案内している
本文:
随筆 「人生、終わった」
―岸本英夫『死を見つめる心』との出会い―
柳田 節
人の一生には、不思議な出来事が一つや二つはあるもので、自分でも未だに不思議に思う体験がある。そんな話をしても、と迷ったが、しまっておいてもカビが生えるだけなので話してみたいと思う。
自分の人生は終わった、そう感じたのは、折りしも、五十九歳で受けた前立腺がんの手術が成功し、一命を取り留めたと安堵したあとのことであった。
ある朝、目が覚めて起き上がると、いきなり、「人生、終わった」そういう声が背後から聞こえて来たのだ。気のせいかもしれないと思ったが、気持がとにかく、人生が終わったときに味わうだろう気分そのものになっていて、周りの景色もいつもと違う。辺りには重い空気が流れているのだった。
手術をしてやっと生き返ったというのに、これからの人生をどうしろというのだろう。定年を過ぎ、これからは自分の好きなことが出来ると喜んだ矢先のことだった。本当にこれで自分の人生は終わってしまうのだろうか。半信半疑のまましばらく過ごしていたら、次第に何もする気が起こらなくなっていった。でも、命はあった。
まもなく、職場で若者と出会った。五十人もいる派遣社員の中で彼だけ目立った。目上の人の言うことを素直に聞き礼儀正しい。競争心の強い他の派遣社員のように、自分のパソコンの腕前をアピールしたり、同僚と能力を競ったりしない。今時珍しい古風な青年で、目上を立て義理人情に篤い。だが、実力主義の現代的な同僚の中では、生きづらそうだった。二十代後半のその青年と次第に親しくなっていった。危なっかしいその生き方に、私は次第に手を差し伸べたくなる心境になっていった。
行政書士の資格を取ったが、お客が来ない。宣伝用にセミナーを開いたところ、話べたで一言もしゃべれなかったと落胆していた。では、原稿をまず作ってそれを話せばいい、あとは練習を、と簡単なアドバイスをしたら、次のときには、青年がうまくいったと大喜びした。
そのうち、彼の妻が突然、実家に帰宅したことから、夫婦喧嘩のこと、そして子育て、嫁姑問題と悩み相談の相手をすることになっていった。彼の行状が自分に思い当たることばかりなので、自分の体験談を話したら、とても参考になったと喜んでいる。
気がついてみると、私は自分のことは忘れて、青年のことばかりを考えている。それがまたとても楽しいのだ。思いもかけない心境であった。
「人生、終わった」と聞こえたのは、自分でやることはもう終わった、あとは人のことを考えて過ごせという意味だったのか。
若い頃は仕事に、結婚すれば妻や子供の為にと一生懸命になったが、夫婦二人で暮らす年恰好になってくると、もう自分のことも家族のこともすることが消えて無くなり、そうなってみると人や社会のことを考えるようになるものなのかもしれない。
「年を取るということはいいことだなあ」のセリフを映画のどこかの一シーンで耳にした覚えがある。若い時分は出来なかったことが、年齢を重ねると知らないうちに出来るようになっていることがある。私が聞いた声の意味が“人のことを考えろ”であれば、それは六十代になると知らないうちにできるようになる年相応のことなのかも知れない。
年末に本棚の掃除をしていたら、懐かしい文庫本が目に留まった。ガンになって十年間を生きた体験を綴った『死を見つめる心』だ。著者は東大教授の宗教学者岸本英夫である。彼ほど誠実な学者はいないだろう。
戦後日本の宗教学を体系化して功績のあった第一人者であったが、あろうことか、本人がガンを宣告されてしまった。人の死を扱う宗教学者でありながら、死を宣告されて生き延びた。そして、その間に得た心境が“人間にとって何より大切なことはこの与えられた人生を、どう良く生きるかということにある”という意外なものだった。
人の死について大きな発想の転換をし、後世に伝え残して、昭和三十九年に岸本はこの世を去った。
人は死が怖い。その死の恐怖に耐えるには、“生きがいを持っていかに良く生きるか”だと、岸本は自分の体験から言う。そして、生きがいを生むのは、自分ではなく人の幸福の為に何かをすることだ、と結論付けている。つまりは、人のことを考えるということだ。
誰が人間を創ったか知らないが、人間は一方的に創られて生かされている。本人は生きる意味も分かっていない。ただ生きろと言われて生きているのが人間だ。これほど乱暴なことはないと私は思っているが、そういう仕組みであれば仕方ないことで、より良く生きてより良く人生を終えることを望むだけである。それが、おそらく人間を創った何者かが望んでいることでもあると、推測している。
“人生、終わった”と聞こえたことは、言ってみれば、私が年齢相応のごく当たり前のことを言われたまでのことである。いつまでも自分のことばかりに夢中になっている幼い私に、念を押したことなのだろうと思い返した。有難いことだ。年を取ると感謝の言葉も、知らないうちに湧いて来る。
今思うのは、ああなりたいこうなりたいなどの、自分の欲や願望は放っておいて、残りの人生を“人のことを考え、人の為になること”に繋がることであれば何でもいいからやってみる、ということだ。
一見、これは格好いいようだが、慈善事業ではない。まさしく自分の為にやる自分事なのだ。自分の為の人生である。
同人誌『随筆春秋』掲載
https://essay-setu.amebaownd.com
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